マケマケの花園

着衣、アイデア、きっかけなど小さい物事をちまちまと作っていこう!

日本人よ、そんなに「人権」が憎いのか!?

問題:「基本的人権」を表すのに適した文章を選べ

  • 偶然立ち寄った洋食店のメニューでカツカレーがあった。若干高価だったが自分のご褒美にと注文した。注文したカツカレーを十分に堪能し、代金を払って洋食屋を後にした。
  • 偶然立ち寄った洋食店で一番安い注文し食べていたら、別の客が高価なカツカレーを食べていた。「不平等だ!自分の基本的人権が侵害された!」と憤慨し、その別の客を盗撮しSNSでつるし上げた。

本来「基本的人権」としてふさわしいと思われるのは前者ですが、今の日本ではその「基本的人権」を行使する人を難癖をつけて引きずり下ろすのが真の「基本的人権」であるかのような解釈が平然と行われています(もちろん人の上に立つ人は「基本的人権」を持つものの上に立つためにそれ相応の「制限」が課されています)

所得に差があるのが「犯罪扱いされない」のが「基本的人権」。

趣味や嗜好が違うのが「犯罪扱いされない」のが「基本的人権」。

思想や信条が違うのが「犯罪扱いされない」のが「基本的人権」。

それらの違いを、枠にはめて、ふるい分けて、違いを一切なくそうとするのは「基本的人権」ではありえない!

基本的人権」を定めた現行憲法が施行されて70年たつのに、その「基本的人権」を「ゆがめよう」「なくそう」というのはどういうことだ!?

日本人は「基本的人権」を憎む民族としてずっと生きてきたのではないかとしか思えない!

私はこんな状況で、一体どうしたらいい!?


後半は過去の記事より……


日本は「違うことに不寛容」な国だと感じます。

One World

One Nation

One Rule

One Trive(*1)

One Language(*2)

「テルマエ ロマエ」でローマ人を演じた阿部ちゃんみたいな人もいるのに、「日本人は違いが無い、あるいは少ない」べきだという考えが支配しているのではないかと思います。

日本人とはいえ、一人ひとり違います。しかも、ごくわずかではなく大きく違います。

姿かたちは一人ひとり違います。双子や三つ子でさえわずかに違います。

好みが違います。大衆が好まないものを好む人もいます。

考えが違います。他人に絶対合わせない人もいます。

極端な大金持ち、極端な貧乏人がいます。その両方を経験した人さえいます。

そのほか、ここに挙げきれないような違いがあります。

「違いを認める」という考え方がじわりじわりと浸透していますが、私は不十分だと思います。

「違いを認める」だけではなく、「違いを許す」。

「違い」を無理やり埋め合わせよう、「違い」を無理やりなくそうとすることは尊厳の蹂躙です!


国民個人個人の「違い」、すなわち個人差が小さければ社会システムが作りやすいとは思いますが、少子化で国民の減少が避けられない日本では、外国籍の人にお願いして帰化してもらうだけでなく、本人の事情もしくは意思で帰化をしないという外国籍の人も住人として受け入れて行かなければいけません。彼らの「違いを認める」だけではなく「違いを許す」社会にしていくことが日本が世界で生き延びて行くためのひとつの道じゃないかと思います。

東南アジアのイスラム教徒を観光客として迎えるための体制を整えることが出来ていますからね。「違いを許す」社会、私は、可能だと思います。

  • *1:実際には「日本人」はOne Triveでは無いんですけどね。
  • *2:実際には「日本語」は以下略